サクリファイス

サクリファイス

1,500円(税込)

錬金術を巡る生と死のクロニクル

売れない新聞小説家は、不思議な女性から自伝を書いて欲しいと頼まれる。それは、想像を絶する程に長く壮絶な物語であった。ペストと魔女狩りに怯えた中世から、産業革命へと続く、錬金術を巡るクロニクル。

第一章より抜粋

 あの空は、今でも覚えている。
 ブルーは金色の光をキラキラと反射させながら、まるでサテン地のように地上を覆っていた。
 この日は、明日から暫く公演される恋愛歌劇“月の影法師”の練習に、皆張り切っていた。
「あぁ、王子様。この私を強く抱き締め、あの月に返さないと、そう誓ってくださいませ。私は月の影法師、不覚にも貴方を愛してしまいました」
 幸か不幸か……。
 僕シャルル・アンリ・バシュロ・ナルカンは、この劇団で女形を専門に務める売れっ子俳優であった。
「深く、深く、それはあの夜の闇よりもか?」
「そうでございます。夜の闇の暗さより遥かにお慕い申しております」
 十五世紀、ルネサンス時代。これが、僕が人間として生きた時代であった。
 何故、僕が女形を専門に俳優業をしていたか。
 自分で言うのもおかしな話だが、僕は醜いくらいに美しい。金色に緩やかなカーブを描く、長く綺麗な髪。硝子細工の様に透き通る、白く繊細な肌。眼はエメラルドの済んだグリーンをし、唇はミニ薔薇のごとく淡くピンクに色付いている。
 どれも、国一番ではないかと評判高かった母の容姿をそのまま受け継いでいた。
 そんな僕が女を演じれば、どんな紳士もご婦人も、僕の魅力に目を逸らせないでいた。僕が舞台に立つというだけで、劇場は溢れるばかりの観客に恵まれたのだ。
 だが、僕は望んで俳優になった訳ではなかった。美しい母に、売られたのだ。
 この頃、母はもう死んでしまってはいたが、生きていた頃は無名から有名まで、画家や芸術家達が競ってモデルにと訪れたものだ。しかし、結局は誰もがその美しさを残せないと、キャンパスを破って帰っていった。母はそれを笑いながら見送るのがお気に入りだった。
 僕が十五歳くらいの頃、それまで母を見ていた芸術家達が、母ではなく僕を見るようになった。美しい母にそっくりの僕に、芸術家達は若いだけの理由で目を移したのだ。
 それを機にか、母は酒を煽るほど呑み始め、終いには酒代欲しさに売春婦にまでなった。母を抱きたがる男は多かった。多い時には、一日に五人もの知らない男が、母の寝室に出入りしていた。
 母の欲しがる酒の量は増え続け、日を増すごとに暴言や暴力も激しくなっていった。
「アンタが女だったらまだ使い用があったものを!! アンタの父親なんか誰かわからないけどね、ろくでなしの子がっ!!」
 時に鞭が顔に跳ね上がり、青く腫れ上がった顔を隠して過ごした。母は、それを見て笑うのが、気に入っていたようだった。きっと自分の美しさを奪われたと、母は思っていたのだろう。僕の顔を、執拗に責めた。
 元々、優しい母ではなかったが、暴言や暴力を振るうような母ではなかっただけに、僕は絶望に打ち拉がれた。
 その三年後、幼い頃ソバッカスと呼ばれていた村のそばかす娘が、急に美しくなった。同じ村の僕と彼女はお互いを良く知っていたが、彼女が僕に送る特別な感情も流し目も、僕が最後の最後まで気付く事はなかった。
 そのソバッカスと母に“魔女狩り”の御触れが来た。この時の処刑では、他に三人の村娘が連れて行かれた。

サイズ
B6
ページ数
160
納期目安
ご入金確認後1営業日以内に発送
配送方法
購入数制限
なし
残り在庫
2冊
初回発売日 2025.06.01
最終納品日 2025.05.31

サクリファイス

1,500円(税込)

作家

鞍馬 榊音

鞍馬 榊音

くらましおん

柿助&榊音

SNSでシェア!

URLをコピー ツイート タイーツ

商品検索メニュー


探検