吸血鬼の屋根に雪

suwazo
400円
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1,500円(税込)
毒ガスによる二度の虐殺事件が起きた。それぞれの事件で唯一生き残った真夜と大雅は、事件の真相を見つけるための囮として、仮の夫婦生活を送ることになる。最初で最後の推理ミステリー。
私は店内の三人についてそれ程気にも止めず、お店の脇に駐車してある会社貸与の軽自動車に乗り込んだ。それ程まだ強い暑さを感じないとは言え、初夏だけに車内の熱気には不快感を覚える。エアコンが効くより早く、私の背中は汗で濡れてしまった。
麻薬取締官。通称としてマトリ、麻薬Gメンとも呼ばれ、特別司法警察職員としての権限が与えられている。警察庁が国家公安委員会の特別機関なのに対し、麻薬取締官は厚生労働省地方厚生局に設置された麻薬取締部に所属する職員である。
通常麻薬取締官になる為には、薬学や法学に関する専門知識を大学にて専攻する必要があるのだが、あくまで私達はマトリの保護下と言う名目での特別扱いなので、特別司法警察職員としての権限は認められていない。だから現場に出向くこともないし、捜査に参加することもない。あくまで、武器レンタルショップ及び記憶を取り戻す事が主たる務めだ。
また、ケンさんが私達の担当となったのには理由がある。なんでも十年程前から捜査しているヘロイン密売ルートがあり、その手がかりになりそうな裏取引情報が過去に二回だけあった。なんの因果か五年前と三年前、それぞれ大雅と私が巻き込まれた虐殺事件がそれだった。
虐殺事件に関しては、入院中、テレビや新聞等から情報を得る事は禁止されていた為、ケンさんや陽太君から聞いたニュースの内容だけなら今でも覚えている。
俗称“コーラカル・アヂーン大量虐殺事件”。そして五年前、三年前と全く同じ内容であった為に、それぞれ第一次、第二次と呼ばれる。
先ず五年前、第一次コーラカル・アヂーン大量虐事件が起きたのは港の有名ホテルだった。土曜日二十時頃、突然マシンガンを持ったアジア系男性数名がホテルに駆け込み銃を乱射。手榴弾を投げ付け入口を封鎖すると、かつてモスクワ劇場占拠事件で使用されたという毒ガスコーラカル・アヂーンをばら撒き始めた。それにより、瀕死の重傷なるも奇跡的に一命を取り留めた大雅以外、ホテル内にいた人達は一人残らず死亡した。加害者グループはその日のうちに捕まったが、全員が狂乱状態であった為、動機は未だ不明。尚、犯人はアジア系外国人グループで、全員から大量のヘロインが検出された。
続いて三年前、第二次コーラカル・アヂーン大量虐殺事件が起きたのは第一次とは別の港の有名デパートだった。事件発生は日曜日十七時頃、手口も犯人の状況も第一次と全く同じ。そして、大雅と同じく私だけが一命を取り留めた。
ケンさんは、両事件当日ともタレコミ情報を得て即現場に駆けつけたのだが、到着数分前に虐殺事件発生。どちらの情報もヘロイン密売取引に疑わしい人物、政治家の坂下勝次(さかしたかつじ)、その秘書である色摩太朗(しゃかまたろう)、暴力団幹部の賢木田雄也(かじきたゆうや)が密会すると言うものであった。だが、虐殺事件発生によって彼等の容疑は一転した。外国人犯人グループ全員からヘロインが検出されたこと、両事件当日嫌疑三名が現れなかった事と容疑者三名と外国人犯人グループとの関係性が見られなかった事、そして第一次と第二次の加害者グループが同一であった事が解り、二度の事件を経て、ヘロイン密売の黒幕は虐殺事件の外国人犯人グループだと警察が発表。証拠として、第一次、第二次事件後それぞれ、彼等のアジトだと思われる別々のアパートから合わせて約五十キログラムのヘロインと約一キログラムのコーラカル・アヂーンが押収された。
だが、ケンさんだけは、この結果に納得しなかった。タレコミ情報と坂下、色摩、賢木田の関係性が見られない事と、今まで浮上しなかった外国人グループ突然の出現に疑問を感じたからだ。よって、事件を一旦解決したと見せかけ、再度容疑者三名を追う事にした。
その為の一対策として、私と大雅を地方厚生局で保護し、記憶の情報を採取するという気の遠くなるような措置を取ることにした。
と、言う事らしい。