HEARTLESS 真紅と紫淵と琥珀の欠片
すずみ
660円
購入可
1,650円(税込)
文庫本:雲から、海のいきもの(の姿を模した精霊)を釣る魔法使いと、お手伝いをする人形の小説です。短いお話が8篇入っています。
豆本:文庫本の小説に出てきた雲と釣果のイラストと、短い解説文を載せた手製のアコーディオン型豆本です。頁の大きさや細部の造形、全体の雰囲気や色味などが見本と異なる場合があります。ご了承ください。丁寧な制作に努めましたが、既製品と比べると歪みやはみ出しズレなどがあります。手製品の特徴としてご容赦ください。また、接着に木工用ボンドを使用しています。保管の際は水濡れや高温多湿などにお気を付けください。
瓶詰め:作中で魔法使いが使用するアイテムをイメージした小物のセットです。小花の造花・ガラスビーズ・水晶・紐を詰めました。ガラスビーズ・水晶には色形や大きさなどの個体差があります。割れ物ですので取扱いにご注意ください。
*朝焼けの朱金鰭*
空の、雲の色が白みはじめる。藍色から薄藍色、薄紫から淡い紅色、紅へと変わっていく空に浮かぶ雲も、濃く暗い影色から少しずつ白んでいく。空と混ざっておぼろげだった雲の輪郭を、山の向こうから差す光がはっきりと浮かび上がらせた。しっとりと潤んだ玉髄の質感を持った雲が、大小様々にいくつも折り重なっている。遠くから差す朝陽が光芒となってセムと紫暮(しぐれ)のもとへ届くと、雲の輪郭にぽつりと金色が灯され、まばたきするたび隣の雲へ金の波が広がっていく。
「空釣り。空模様によって釣果が変わる、雲から精霊を釣り上げて固体化する術式ですね。数百人規模で行う山岳部の祭事だと記憶しています」
「そう、その空釣り。がんばればひとりでもできるんだよ」
空と雲の移り変わりをじっと見ていた紫暮が、石を括り付けた糸を構えた。石を重しに糸を回し、勢いをつけて、投げる。糸は金色の雲を目指して、雲の隙間から延びた白く淡い光の筋を逆走し、ぴんと張って止まる。遙か遠くにあるはずの雲に届いた光の糸が、金色の雲と紫暮の手元を繋ぐ。近くに見えても投げて届くような距離ではない。けれど、それをやってしまうのが紫暮という魔法使いだった。
紫暮が金色の雲と繋がった糸を引っ張ると、中からなにかが引きずり出される。よくよく目をこらすと、それは大きなヒレをもつ魚だった。ずっと高く遠い雲の上から、セムと紫暮の足元まで引っ張り出された魚は、草むらに落ちると、大ぶりのリボンかレエスのようなヒレを残して消えてしまった。きらきらと光るヒレは、陽光に光る金色の雲と同じ輝きを持っている。セムがヒレを眺めているあいだに、紫暮が再び糸を投げて、金色の雲から魚を釣り上げて、地面に落とす。金色のヒレを残して消える。雲から釣り上げる。ヒレを残して消える。雲から釣り上げる。ヒレを残して消える。
「そうだ、セム、ヒレを瓶に詰めてくれないか。青いラベルの一番小さい遮光瓶」
かしこまりました、と返事を待たずに、また紫暮が金色の雲から魚を釣り上げる。口より手を動かすのが優先らしい。釣りに手一杯な紫暮に従って、セムは落ちているヒレを瓶に詰めていく。みんな同じようにきらきらしていたが、よく見れば二股に分かれたもの、丸っこいもの、細い先端に枝分かれしているもの、蝶の羽根に似たもの、長い三角形のものなど、形は様々で多い。また、金色にも幅がある。黄色い金。青い金。赤い金。白っぽい金。色も多く、種類が豊富だ。
金色に輝く雲の縁がなくなり、ようやく降ってくるヒレが止まる。しばらく地面ばかり見ていたセムが顔を上げると、暗く巨大な生き物の影に似た山は薄赤く照らされて、静かだった草むらも赤く色づき目覚め、空と雲は清々しい朝焼けに染まっていた。
琥珀の瞳に朝焼けを映して言葉を失っているセムを、紫暮がうれしそうに一瞥して、空へと視線を戻す。
「今日は夕焼けに居るみたいだ」
紫暮の言葉で意識を浮上させたセムは、なにが、と口を開いたが、言葉になる前に中断されてしまう。どこからか、剣呑な咆哮が聞こえる。
以下本誌へ続く