恋愛短編小説集「戀」

恋愛短編小説集「戀」

550円(税込)

今作に収録した短編小説はどれも「幻想」「妄想」なる「恋愛」を描いた作品群となっている。私にとってはこれが「リアルな恋」だからである。焦がれるほどに想った私の恋をこそ、私自身が肯定したい。

私なりに「リアル」な恋愛小説短編集です。

「戀」-------------------------------------------------------------------
左腕の感覚が無くなり、視界が白い闇に包まれゆく頃、首筋を貴女の舌が這い上がりました。私は云いました。「また会いに来ます、必ず来ます」。貴女は私が意識を混濁させ譫言を謂っているのだと認識したのか、「さぁ、何を」と呆れたように云いました。そのまま脈の麓に牙を立て、ぐっと奥へと差し込み、跳ねる私の身体を貴女は抱きすくめます。喰らわれ、血を啜られ、狂喜にあえぐ貴女の声を聞きながら、私は死んだのです。
-------------------------------------------------------------------「戀」より抜粋

「世界消滅までの五分間」-------------------------------------------------------------------
息が詰まった。返事をする前に、それが直樹にとって最期の言葉になったことが、分かってしまった。私の薬指を自らの唇に当てたままで、すぐ隣で終わりの息を吐き切った音がした。直樹、直樹と声をかけても返る言葉は無い。サイレンと轟音が交互に鼓膜を揺らし、地面は大きく揺れる。自分の出せる限りの力で直樹の身体を抱きしめた。胸に頭を預けても、もう鼓動を感じることができなかった。とめどない涙と嗚咽が漏れ出るが、それも全てかき消される。こんなにもちっぽけな存在は悲しみすら世界の終焉の前では何の意味もなさないんだ。ただただ青い空が目の前で滲んでいく。
もしも生まれ変わることができたなら、今度も絶対に直樹を見つけてみせる。

-------------------------------------------------------------------「世界消滅までの五分間」より抜粋


「南極の日」-------------------------------------------------------------------
ぼんやりと記憶が戻ってきてくれた。失意の中、南極大陸に行こうと思ったのはかつての恋人が寝る前によく読んでいた本がきっかけだった。「アムンセンとスコット」という南極大陸への最初の到達を競った冒険家たちの記録についての本で、スコットに感情移入してしまうと涙無しに読めないと彼女は話していた。やけに饒舌に語るものだから、僕もこっそり読ませてもらっていた。内容は悲惨だった。雪上車の故障、次いで馬をも失い、不運が続いたスコット隊がようやくたどり着いたときには一ヶ月も先にそこへ到達していたというアムンセン隊によるノルウェーの国旗がはためいていたという。その赤と青の鮮やかな旗の絵面を想像するだけで僕まで絶望してしまう。帰路についた彼らは同胞を次から次へと失い、全滅してしまう。そのスコットという人も、最愛の人へ手紙を遺して亡くなっている。考えていると涙が出そうになる。眼球がカチカチになりそうだ。いや、もはや泣かなくともこの氷点下ではまつ毛の先から凍っていく。泣いてしまえばもう何も見えなくなることだろう。必死に堪えた。
「神よ、ここはひどく恐ろしいところです」
スコットが日記に残したという言葉を口走りながら、僕は手を合わせた。隣で美樹さんが困惑している気配がある。
-------------------------------------------------------------------「南極の日」より抜粋

サイズ
B6
納期目安
ご入金確認後1営業日以内に発送
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購入数制限
なし
残り在庫
5冊
初回発売日 2025.07.25
最終納品日 2025.07.23

恋愛短編小説集「戀」

550円(税込)

作家

雨庭 有沙

雨庭 有沙

あめにわありさ

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