人魚のはなし

南風野さきは
495円
購入可
550円(税込)
「すねこすりが邪魔してくる」
雨の降る日に現れるそいつは私の行く
先々に現れては足元を邪魔してくる。
不幸でもいいから夢を見たかった。
お願いだから邪魔しないで。
歌舞伎町 ✕ 妖怪
ホラー/ガールズトーク/恋愛
怖いけど読了時には爽やかな気持ちになりたい人向け
表紙:茅里みね様(@chisatomine)
そして、久しぶりに「そいつ」が現れた。
これまで家の付近に現れたことはない。足元にじゃれついて、赤い目をこちらに向けて額を足首やすねにこすりつけてくる。私はしゃがんで、そいつをしっかりと観察した。
やはり猫でも犬でもなさそうだ。触ってみよう、と手を伸ばしてみた。そいつはするりと手をよけて、左足にまたその身をこすりつけてくる。
「なんなんだ、お前は」
返事はない。そりゃそうか。喋ったり鳴いたりしてもそれはそれで怖いので黙ってくれていて安堵した。
とりあえず危害を与えてくるわけでもなさそうだったので、夜道の散歩を開始した。そいつは律儀に私の歩幅に合わせて一緒に歩いてくる。……ふと、「妖怪」という単語がよぎった。こいつは妖怪の一種なのではないだろうか。検索窓に「妖怪 犬みたいなやつ」「妖怪 足元にじゃれる」などを入れスクロールしてみる。画像欄に水木しげるが描いた絵が出てきた。その絵は旅人がこいつに似た生き物(大きさは旅人と同じくらいの体長だ)がタックルされころんでいる姿を描いたものだった。名前は「すねこすり」と言うらしい。思わず笑ってしまった。たしかに、すねをこすってくるけど、そのまんまの名前なのか。
「すねこすりっていうんだね」
そいつは、「?」とでも言いたげにこちらを見上げてじっとしていた。妖怪に名前があるとしても、妖怪側がそれを認識しているわけではないのか。犬や猫、豚や牛もそうだろうと思うと納得した。
「すねこすりはなんで私のところに来たんだろうなぁ」
足を進めていく。すねこすりは私の足をやはり邪魔してくる。