道化と偽王
南風野さきは
495円
購入可
⚫︎文学フリマ東京41新刊⚫︎
ざらつく文学。
日常の裂け目・小さな揺らぎ・ほつれを書いた15編の短編集。
じめじめして、仄暗い。
けれど美しいことばたち。
どうぞお楽しみください。
タイトル「ゆりかご経由、どこまでも」
ページ数:78ページ
サイズ:A6
価格:500円
15編の短編.掌編を収録
文学フリマ東京41で頒布した萌令児の短編集
WEB掲載作品・過去作の再録も含みます
【タイトル:淡水をおしえて】
本当の淡水を知らない。だから、一緒に真似事をして泳ごう。足を伸ばせばぶつかってしまうような、小さな箱の中で、ぶくぶくと電気を伝い、流れてくる人工の空気しか知らない。息の仕方も、目の開き方も、ヒレの動かし方も、分からない。それでも、貴方のうしろなら、溺れていたって、沈んでいても構わない。
◇
女は、空っぽの水槽を見下ろしていた。
これは自分だ、そう思った。
長いこと、自分自身を見つめていた。
【タイトル:眠る本】
意識が頁の隙間に沈んでいく。
それでも探究心は止まらない。
◇
本くんは、声を震わせて言った。
「僕はどこへも行けない。けれど、君を待っていたんだ。だから、どこにも行かないで」
本ちゃんは、眉をキリッとさせて、
「返却期限が迫っているわ。もう迷っている時間はないのよ」
本さんは、眼鏡をクイっと押し上げて、
「今しかない。今、貴方は知るべきだ」
【タイトル:ギャル会議】
私の心の中には、三人のギャルがいる。
私の仕事終わりに、スタバやマックのポテトを勝手に持ち寄って、会議を始める。ひとりはダイエット中らしく、ゼリーを食べていた。
【タイトル:脱げない皮を纏って】
今日も皮をかぶる。
何重にも着膨れした皮は、男だったのか、女だったのか、人間だったのか。元の輪郭を曖昧にした。呼吸をするたび、熱が跳ね返る。動きに合わせて、皮はべったりと骨に張り付いた。
「……疲れた」
唇だけを動かし、息を吐く。背中を一滴の汗が滑り落ちると、視界が白く霞んだ。手探りで背後の柵を掴むと、少し俯いて目を閉じる。
大きく息を吸った。
うさぎの手から離れ、自由を得た風船が、空に色を添える。
「ねえ、うさぎさん。だいじょうぶ?」
不安げな声とともに、温もりが伝わってきた。うさぎの皮を、小さな手がそっと包み込む。
【タイトル:ポケットを鳴らさないで】
列車を指差して「もういるよ」って言ったあとに、犬を撫でながら「くさい」って顔を顰める君が可笑しくって笑うと、君は恥ずかしそうに肩をこづいた。
そのあとに共犯者の私たちは睡眠薬の入ったトロトロに溶けたオムライスを胃に落とす。
私の硬く握った手を開くと、そこには六文銭があった。いつ、どこから握りしめていたのかは覚えていない。ここが何処なのかは、来たことがないはずなのにすぐに理解することができた。もし血が通っていたならば、体温が伝わって銭は暖かくなるところではあったと思う。生憎ここは三途の川の目の前だったので、冷たくも、温かくもない硬い銭をただ握りしめている。長いこと、それはもう途方もないほどの時間をこの川のほとりで過ごした気がする。何故私はひとりなのか、ずっと考えていた。けれど、答えを考えないようにしていた。
川のほとりで私は着物の裾を捲って、ひとりで足を浸す。鴨川の長家から聞こえる風鈴の音を思い出した。時には寝っ転がって、船に乗り川を渡って行く人々を眺めた。子供以外は、皆がばつが悪そうに船頭が率いる船に乗っている。
その中に、ひとり身を乗り出して人を探している君がいた。私がずっと待ち焦がれていた君が。
まだ船が岸辺に着く前に、身を乗り出して私の方へ駆けてくる。着物の裾が濡れてしまうよ、と声をかけようとも私の言葉は喉をつっかえて、引き攣った笑顔で迎えることで精一杯だった。ずっと考えていた言葉もすべて忘れて、私も浅瀬を駆ける。
君の手が私の頬に触れたとき、温かい心地がした。
しばらくふたりで抱き合うと、君はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。