吸血鬼の屋根に雪
suwazo
400円
購入可
800円(税込)
母性・狂気・幻想、そして男色。
作者を形成している全てのテーマを散りばめた珠玉の短編集。
仄かに男色が漂っておりますが、夫婦物や親子物も描いておりますので、
どうぞ殿方も敬遠せず是非、お手に取ってみてください。
【レクイエム】
ボクはただ、立ち尽くすしか術がなかった。
ボクが佇む明け方でも大型トラックの往来の激しいたった二車線の道路の対面には、死んだ猫。
しかも、轢かれた時に命を閉じた場所が悪かったせいで大型トラックの巨大な車輪に何度も何度も、何度も何度も腹の上を行き来されてしまっている。
最早、その姿はまるでバタナイフで擦ったが如く地面と猫の肢体は完全に一体化してしまっていた。
ボクは何故か頭だけは無事で擡げるようにしているあの猫をどうにか弔ってやりたくて、新聞配達の仕事を半ば放棄して何とかして道路の対岸へと幾度となく歩を進めようとした。
が、途端に汚れの酷くこびり付いたトラックの荷台に何度、鼻先を削がれるかと思った事か。
これではボクまで猫と同じ末路を辿って、しまう。
ボクはただ、鼻水を垂らしながら【こんな聖なる夜なのに】と、言いようのないとても哀しく辛く苦しい想いをこの身に抱え込んだ。
誰か、誰か、彼?彼女?を救い給え!
ボクはもう、柄にもなく普段は信じてもいない神に、祈った。
今日ぐらい、縋ったってバチは当たらないだろう?
ボクは祈った。
心の底から、祈った。
どうか、どうか。
すると、
朝の慈善活動に赴くのか黒衣のシスターがボクのいる道の反対側を歩いてくるではないか!
サンタマリア!
ボクは自分のかりそめの祈りが【カミサマ】に通じて鼻水は元より目から目ヤニを伴った涙を流した。
嗚呼、マリア様が猫の亡骸の方面へとその歩を進めている。
きっと彼女はその哀れな頭だけをおっ立てたぺしゃんこの猫に気づくだろう。
そして、こんな日だというのにとその猫に祈りを捧げ、埋めてくれれば良いがせめて、もうその身を轢かれずとも良い場所まで移動させてくだされば、御の字だ。
嗚呼、サンタマリア!
この、哀れな猫とその猫の弔いもままならないこのボクの虚しい心も救い給え!
ボクの願いは叶えられた。
案の定、シスターは猫の死骸に気がついたようだった。
明け方とはいえまだ冬の暗さと忙しく行き交い続ける大型トラックのせいで、彼女の表情は、読み取れない。
だが、顔の向きからして確実に猫の亡骸を凝視しているのは、わかった。
さぁ、救い給えよサンタマリア!
つかつかと、礼拝服の両裾を微かに摘んでつかつかとシスターが猫に近づいてゆく。
嗚呼、猫と、ボクの無垢な心は、救われた。
と、その時。
彼女の片足が綺麗な弧を、描いた。
そこからは全てがスローモーション、だった。
その足先は着実に立ち上がっている猫の顎を捉え、路面に張り付いたチューインガムのように猫の平べったい肢体ごと、その足の軌跡を辿って宙を泳いだ。
こんなにものっぺりとした中に骨や内臓が治まっていたとは思えないその身体は、本当に何故か成形を守っている頭をぐわんぐわんと振り回しながら、対岸の側溝に立ち消えていった。
そして、
あんなに往来していたトラックが一瞬、ほんの一瞬、途切れた。
明け方の淡い光でようやく見えるようになったシスターは、腰がひどく曲がり眼差しは鷹のように鋭く高い鈎鼻にへの字に曲がった口元は猫への憐憫のれの字も、表していなかった。
それは紛れもなくしわくちゃの、醜い老婆だった。
ボクは絶望した。
と、同時に【カミサマ】なんか居ないことを確信してしまった。
また、大型トラックの往来が忙しく始まる。
ボクは、放棄していた新聞配達にとぼとぼと戻っていった。
そんなボクの後ろから来た一段と大きなトラックが、なぜか窓を全開にしてボクを轢いても構わないぐらいに思っているかのように幅寄せして迫ってきた。
ボクは鉄格子に張り付くようにそのトラックを、避けた。
そのトラックが、間一髪ボクを轢かずに通り過ぎたその時、
トラックの音が大きすぎてひび割れたスピーカーから、ハレルヤが流れて、きた。