自由律対話コーディング
森村直也
500円
購入可
500円(税込)
illustration:高杉桂様
ぼさぼさ頭に顔の輪郭がわからなくなるほど太いフレームを持つ眼鏡、とどめとばかりに顔半分を前髪で覆った冴えない男が、仏頂面で見返してきた。どこにでもいるありふれた野暮ったい男だ。
ローレックは無人のエレベータに乗り込むと、正面に張られた鏡に背を向けた。そのままもたれて階数表示を見上げる。ひやりとした鏡の感触が、服を通じて伝わってきた。
わずかな振動と共に動き出したエレベータは程なく目的階に到着した。ドアの前で待つ見慣れた白衣に会釈し、入れ替わりでエレベータを降りる。降りた先は白い照明、白い壁、きゅるきゅると音を立てる灰色の床だ。ローレックは癖のままに視線を落とした。……研究室階の白い壁と明瞭さだけを追求した照明は目に痛い。
エレベータの脇のドアを無造作に押し開ける。その先は両面に窓をもつ渡り廊下だ。
ローレックは夜景を見るでもなく足早に突き当たりのドアに向かった。『IGL/International Generic Laboratory 製品宿舎』とドアに書かれた文字を何気なく目で追いながら、低い位置に置かれた認証機に手のひらをかざした。
認証終了を告げる短い音と鍵が開く音を待って、ドアを引き開ける。中へと踏み込もうとして顔をしかめた。
寒い。
流れ出て来た風は涼しいを通り越していた。半袖では鳥肌が立つほどだ。
扉の先はラウンジだった。ソファやテーブル、ディスプレイなどが置かれる中に、いくつものぬいぐるみやら絵本やら新聞やらが散っていた。……無人だったけれど。
「またか」
世話役や年長組の目がなくなるととたんにこれだ。悪戯で設定温度を変えたまま、夕食にでも行ってしまったのだろう。いい加減、コントローラの位置を変えた方が良いかもしれない。
そんなことを考えながら、エアコンの設定温度を元に戻す。ついでに転がっていたぬいぐるみに手を伸ばした。……ソファならともかく、床に転がっているのは可哀想だ。
ぬいぐるみを仲間(・・)の元へと運び、立ち去りかけて、ローレックは足を止めた。ぐるりとラウンジを一望する。
習い性というべきか。どうも共有スペースが散らかったままなのは落ち着かない。
ぬいぐるみはおもちゃ箱へ、本や雑誌はマガジンラックへ、新聞は所定の位置に。大きなものだけ片付ければいいだろう。後は清掃担当がやってくれるはずだ。
あらかた片付けるとラウンジを出て奥へ向かう。エレベータを使わず階段を最下層へ。廊下へ出ていくつかドアを過ぎた先、ローレックは『CU-CIMA』と書かれたドアの前に立った。
無造作にドアを叩くと、返事も待たずに開けた。いつもの調子で入ろうとして、やれやれと溜息をついた。