長編小説「針を置いたらあの海へ」
早時期仮名子
600円
購入可
500円(税込)
謎の美少年【本多朔太郎】と彼を取り巻く級友たちとのそこはかとなく男色漂う昭和レトロ学生小説。
性表現などは一切ないので是非、殿方もお読みください。
坊ちゃんなどの痛快劇がお好きな方には刺さるかと思います。
朔太郎は美しく成長した。
公家顔の母と、異邦人顔の父の善いところだけを頂いて、眉細くキリッと引き締まり眼も綺麗なアーモンド型の弧を描き、頬こそ青白く病人のようであったが鼻も程よく天を示し、その薄くきつく閉じられた口唇はどの女児よりも柘榴のように、紅かった。
当然のように「やーい、オトコオンナ!!」と揶揄される事もあったが、朔太郎は何も動じずただ、其れを口にした男児の目をじぃーと覗き込んだ。
すると、其の男児は途端に頬を赤らめ次の日からは朔太郎の【用心棒】として脇に侍るのが常、だった。
朔太郎は己の容姿を少しだけ呪った事もあったが、使い方は、しっかりと心得ていた。
何時しか朔太郎は【前髪の惣次郎】宜しく【紅唇の朔太郎】と呼ばれるようになっていた。
或る日、母の思いつきでいつもは行かない湖辺りの児童公園に朔太郎は連れられて行った。
何時も公園にはない少しモダンな遊具が並ぶ様子に年相応の朔太郎は目を輝かせた。
その公園には随分と身なりの良い年子らしい朔太郎と同い年くらいの兄弟が、先客として仲良く遊んでいた。
が、朔太郎を見つけるなり二人は目を合わせ示し合わせたようにウンと頷くと、朔太郎に駆け寄って来た。
「キミ、この公園初めてだろう?」
「ボクたちが案内してあげるよ!」
チラッと母を見やると微笑ましそうな表情をしながら小鳩のように小刻みに首を上下に振っていた。
それを見て朔太郎は、「ウン、よろしく頼むよ」と、兄弟の案に乗っかった。
見慣れない遊具の遊び方を次々と兄弟は朔太郎に教えてくれた。
朔太郎は「これはしめた」と内心思いながらもニコニコと兄弟たちの手解きにあやかっていた。
そうして時も忘れ三人でそれこそ紅顔しながら遊んでいると秋の日はみるみると翳り、鴉がお山に帰るサイレンがこの公園に響き渡った。
遠くのベンチに腰掛け流行りの恋愛詩集に目を向けていた母が、ひょこっと立ち上がるのを見て、朔太郎は兄弟たちに「今日はありがとう、とても楽しかったよ、とてもね」と、いった。
朔太郎の家よりも上流家庭らしい兄弟はまた顔を合わせ、「どういたしまして」と、ニコニコとしていた。
じゃあ、と二人と別れようとすると兄弟は朔太郎の腕を軽く掴んで尋ねてきた。
「ねぇ、今度はいつ会える?!」
「ボクたちもう、トモダチだよね?!」
こういう時は決まって朔太郎は、何も答えない。
ただ、目と口唇とで綺麗な弧を描き、小首を傾げながらニッコリと微笑むのだ。
気を良くした兄弟が朔太郎の腕を離してくれた。
朔太郎は、ぺこりと軽く会釈すると、ニコニコと自分が来るのを待っている母の元に一目散に駆けつけるのだった。
「お遊具、楽しかった?」
母が、愛おしそうに朔太郎の手を引きながらこう、尋ねた。
朔太郎は年相応に「ウン」とコクリと、頷いた。
ただ、この公園は朔太郎の家からは結構な距離を歩かねばならず、この日、余り身体の強くない母が無理をして連れてきてくれた事を、軽く他人では分からない程度に引き摺っている母の右足で、朔太郎は察してしまった。
「でも、いつもの木の下公園の方が遊び勝手がいいよ」
朔太郎はそういって、ニィと、母に笑ってみせた。
母は、少しの安堵の息を付くと、「そうなのね。 朔太郎は、あそこのブランコがお好きだものね」と、これまたニコニコと笑った。
そんな母子の会話も知らず、朔太郎を饗した兄弟は 、
「あの子、可愛かったね」
「また、逢えるかな」と、嬉々として話していた。
其れから、朔太郎とその兄弟が出会うことは、生涯なかった。